名古屋生まれの戦国武将を訪ね歩く …名古屋ウィメンズマラソン2017旅ラン日記(7)
※2026年1月4日追記:大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第1回放送を見て、9年前に中村公園を訪れたことを思い出し、この記事を再公開します。情報が古いですが、ご了承ください。
私はもともと、大河ドラマに全く興味がないです。
これまで旅ランと関わりの深い年もあるので、その時は1、2話くらいチラ見。でも、あまりにもひどすぎて即脱落…。正直、私の好みではありません。
でも、くしくも昨年(2025年)、大和郡山も訪ねています。何かの偶然を感じます。
とりあえず、第2回も観てみます。
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名古屋ウィメンズマラソンの
旅ラン日記は、あと2回。
ゴールが見えてきました。![]()
連載のテーマは↓です。![]()
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【1】EXPOブースのようす ★
【2】EXPOステージのようす ★
【3】名古屋で買ったもの・もらったもの ★
【4】愛知名古屋の“地のもの”を求めて ★
【5】スタートエリアのようす ★
【6】応援ありがとう~フィニッシュエリア ★
【7】名古屋生まれの戦国武将を訪ね歩く ★
~豊臣秀吉、加藤清正、佐々成政~
【8】古き良き寺町と開運スポットを走る
~大須、円頓寺エリア~
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旅の1日目(3/11)の午前中と
3日目(3/13)の丸一日をかけて、
名古屋生まれの3人の
戦国武将の出生地、
名古屋市中村区、西区の
一エリアを訪ね歩きました。![]()
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史跡や文化施設巡りは、
子どもの頃から好きなこと。
楽しみにしていました。![]()
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まず一人目の出生地は…
豊臣秀吉(中村区)
日本人ならだれでも知っている、
言わずと知れた“出世人”。

しかし、出自や人物像を確証する
史資料がかなり乏しく、
ほとんど謎と考えられています。
貧しい農民の家に生まれたこと、
いわゆる“人たらし”な性格など、
長年、大衆娯楽の中で
描かれてきた秀吉像の大方は、
おもに江戸期以降の
見せ物、読み物によって
創りあげられたもの。

※『絵本豊臣勲功記』 秀吉清正記念館 蔵
織田信長についても、
数十年前の言説に依るものが
大きく…
と、書き始めたら
きりがないので、やめます。(^^ゞ
秀吉の出生地説は
伝説を含めて多数あり、
近年の学術研究では清州説も
有力視されているようですが、
今回はなかでも有名な中村説を
2つ取り上げました。
場所は、名古屋駅から
地下鉄東山線で4駅。
中村公園駅の周辺です。

※見にくいですが、2つの□の箇所が、
出生地説の場所です。
中村ゆかりの豊臣秀吉と
加藤清正の出生地については、
区の市民観光ボランティアさんに
お願いして、
約3時間、史跡を巡りながら
教えていただきました。![]()
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ていねいなお話を本当に
ありがとうございました。![]()
★出生地説1 中村公園内
江戸時代、ここは「上中村」と
言われたところで、
公園内に、ここを出生地とする
記念碑があります。

<背景>
●「寛文村々覚書」(江戸期)などの
古文書に出生地と記してあり、
明治期に県令がここを出生地と制定
公園内には、豊臣秀吉を祀る
豊国(とよくに)神社があります。

秀吉の生誕年は、現在、
天文6(1537)年2月6日の
酉年とする説が有力。

参拝客が次々と訪れていました。

中村公園に隣接する常泉寺。

慶長15(1610)年、
加藤清正が秀吉を祀るために
創建したと言われています。
秀吉の生誕地を記した石碑や
「秀吉産湯井」が残っています。
立像のほか、

「秀吉手植の柊」もあります。

★出生地説2 中村中町2丁目
石碑や看板はありませんが、
ここを生まれた地と記す古文書や
関連する伝説がいくつか残っています。


<背景>
●『太閤素性記』に、出生地は
「中々村」とする記述がある
●↑の場所に、秀吉の実父とされる
弥右衛門(弥助)の家があったとされる
●秀吉が若い頃、この付近で
村の人々のために宴会を催したという
伝説が残っている(大盤振舞跡)
どちらにしても…
この中村界隈で生まれたことを伝える
文書や口承が数多く残っていることは、
間違いないようです。![]()
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” alt=”本” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/240.gif” />中村図書館・秀吉清正記念館
ガイドさんに会う日は月曜日の休館日。
なので、2日前の午前中に訪れました。

国や自治体、大学の研究機関や
文化施設でなくても、
小さな図書館や資料館に
知られざる、おもしろい史料が
あったりします。![]()
こちらの記念館では珍しく、
企画展を頻繁に行っています。

秀吉の自筆書状も数点展示。![]()
文書を読み、筆使いを空でまねて、
古の偉人の素性に迫ってみました。![]()
羽柴秀吉書状(1581年3月)

織田信長の近習に宛てたもの。
信長が京都で盛大に催した馬事に
姫路城築城のため参列できないので、
詳細を伝えてほしい、という内容。![]()
羽柴秀吉自筆掟書(1585年11月)

正妻のねねに宛てた私信。
数多く残っているそうです。
“もし私があなたに口答えしたら、
一晩縛り付けていいですよ。”
やわらかく自由な筆致と、
奥方へのユニークな気遣い。![]()
“媚び”ともいう…?( ´艸`)
よくドラマで描かれる
ねねに頭の上がらない秀吉の姿は、
こういう私信の数々に
由来するのかもしれません。( ´艸`)
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加藤清正(中村区)
清正の出生地と言われる妙行寺。
常泉寺のそばにあります。


清正が名古屋城築城の折、
余材を生かして再建したお寺で、
ここで6歳まで過ごしたと
されていますが、
実は定かではないようです。
銅像があります。

加藤家の蛇の目紋の下に、
九州平定の際に改易された
讃岐尾藤家の桔梗紋を重ねています。

ガイドさんのお話しによると…” alt=”本” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/240.gif” />
清正は、旧尾藤家の武具を受け継ぎ、
残された家臣もそのまま登用したとか。
旧来の家臣と分け隔てなく接し、
人望を集めたようです。” alt=”アップ” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/173.gif” />
昨年、熊本より
現世に降臨中の加藤清正公が
妙行寺にお成り遊ばしたとか。![]()

たしか名古屋城にも…。” alt=”目” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/242.gif” />

…やっぱり二人いる。( ´艸`)
…クリオネみたい。( ´艸`)
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戦国武将ではありませんが、
もうひとり注目を。![]()
初代 中村勘三郎(中村区)
こちらも言わずと知れた、
江戸歌舞伎の開祖と言われる
歌舞伎役者。
ガイドさんのお話によると…” alt=”本” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/240.gif” />
故・十八代目中村勘三郎さんが、
ご先祖様がこの地の出身だと
語っていたそうです。
といっても、
それを示す文書などが
家に残っているわけではなく、
代々にわたる口伝とか。
若い時分に秀吉を演じられたのは、
何かのご縁かもしれませんね。![]()

中村公園の奥に、
新たに建てられるそうです。

※先月13日現在の予定地。
来月5月28日、
生誕像の建立式典が行われ、
豊国神社の参道で、
中村勘九郎さん、七之助さんによる
お練りも行われるそうです。

勘九郎さんもお父様と一緒に、
秀吉の役を演じられていました。![]()

瓜をもっているのは、
肥前名護屋城のエピソードの
伏線?” alt=”かお” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/142.gif” />
七之助さんは、のち徳川家康を。![]()

…合ってますね。![]()
ちなみに、のちの織田信長は…
のちの“アメブロMVP
”。( ´艸`)

…たしか今年の〇河ドラマも同じ役を。( ´艸`)
ゆくゆくは、中村座の歌舞伎公演も
行われるかもしれませんね。![]()
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ところで…
なぜ初代は尾張から江戸へ
上ってきたんだろう?” alt=”かお” width=”16″ height=”16″ data-src=”//stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/142.gif” />
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佐々成政(西区)
織田信長に重用され、
短い任期でありながらも
常願寺川の治水事業に尽くした
越中富山の名君。![]()
曹洞宗 光通寺(比良城址)の
敷地内に石碑があります。

佐々家の城跡を示す掲示板。

石碑への入口。

佐々家はもともと浄土真宗とのこと。
近隣の上小田井にある長善寺が、
毎年5月に法要を行っているそうです。

近くに15軒の檀家さんがあり、
佐々家の菩提を弔っているとか。
曹洞宗のお寺の敷地内に、
浄土真宗の名家を祀る場所が
あるという、
ちょっと不思議な空間…。
佐々成政の供養塔。

NHK大河ドラマ「利家とまつ」の
放送時に建てられたもので、
当時は観光バスが立ち寄るほど
多くの人々が訪れたそうです。
と、以上のお寺の話は…
たまたまお寺のそばにいた、
近所の檀家のおばあちゃんが
ていねいに教えてくれました。
ありがとうございました。![]()
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名古屋の歴史を巡る旅で
出合ったものの多くは、
創られた歴史の足跡と、![]()
知られざる史実の断片。![]()
これからも、
歴史の読み解きと訪ね歩きを
楽しみながら、![]()
貴重な史料や文化財の
研究と保存に力を尽くしている
良識ある研究者、学芸員、
行政の職員、郷土史家のみなさん、
まちの文化遺産を受け継ぐ
地元のみなさんなど、
全国の知られざる歴史の守り人を、
陰ながら応援したいと思います。![]()
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長文・駄文を
最後までお読みいただき、
ありがとうございました。![]()
次回は最終回。
4月23日(日)に更新予定です。![]()
